久しぶりにのぞいた35mmのファインダーは少し狭く感じた

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X100Fが修理から帰ってきた。
実に2週間ぶり。
使い込み過ぎて塗装が剥げてた軍艦部とファインダーもまるごとアッセンブリー交換になったので、ハーフ&ハーフで新しくなった。
修理に出した直後くらいに自分の身体を修理に出すだなんて想像もしていなかった。



今日はいろいろあったこの2週間の中でもしかしたら一番清々しくそして穏やかな気持でいられる。
昨晩は携帯電話の電源を切って寝た。
この先更新出来るかどうか分からないので手っ取り早く書きます。


処方された薬の相性が良いのか日中ズッと苦しんでいた果てしなく続く微熱や所々の痛みも軽減され、普通の生活がなんとか出来る。
症状としてはあまり芳しくない。
それが良いものか悪いものか、もしくは予後がどうなのか現時点では分からないので週明けまた続く検査をして切除するのか、またどのくらい切除するのか、もしくは切除できるものではないか… そうゆうことを話し合い、結論づけてゆくしかない。
まな板の上の鯉とはまさにこのことだ。
自分の人生が案外簡単に決定してしまうという恐怖が大きい。
最初の診断を受けて、まずやったことが情けないかな その時の準備だ。
さまざまなログインIDとパスワードを書き出し、必要の無いと思われるサブスクリプションを解約し、大切な書類や公的証明を分かりやすいところに移動させ、銀行口座の資金を当面引落がかかるであろう口座に割り振った。
自分で墓穴を掘り進めていた。
その準備をする前に生きるための準備があるだろうに。

当然仕事は続けられない。
所属会社からはこちらの身体の心配より、今取引のある顧客の流出を防ぐための話を急務にしたがっていて、身体的に辛いが更に追い打ちをかけるように精神的にとても辛い。
今更だけど、この歳まで続けている仕事という業は、自分の人生のごく一部のように思えるが、実際のところ自分を構成する凡そ八割くらいに相当していることに気付かされる。
健康を害し、仕事も奪われ、そんな状況になった。


しかし、人は生きることを選ぶ。
生まれて初めて 生きたい と叫んだ。
身体の何処か一部が無くなろうと、今後それが困窮する状況になろうとも、予後がどうあれ、家族の顔を見て毎日過ごしたいと思う。

今、一番苦労をかけているのは間違いなく妻であり、気丈に振る舞い、弱音一つは吐かず、いつもと変わらない態度で自分に接してくれる。
あらためてこの人と結婚出来て良かった。
ありがとう。

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