「いいね!」はいいね

自ら配信側にまわっていない人(所謂ROMってる)に多い配信者側へのディスりコメント。

申し上げにくいが配信というのは自分の感じたことをネット上にバラ撒いているだけで、ネットの向こう側の人に直接限定的に「こうすべき」だとか「これは間違っている」なんて云ってないのが核心だ。
そうした本質が分からないのだろう…、Internetが普及して久しいこの世の中でそうしたものが生のコミュニケーションだということ未だに理解出来ない人がいるようだ。
音楽を例に出せば、すべての音楽がすべての人に受け入れられる訳ではなく、同じ感覚の趣味趣向の人が気に入って聞けば良いのだ。
ビートルズが素晴らしいという感性の持ち主もいれば、ビートルズなんてという感性の持ち主もいる。
北島三郎が素晴らしいという感性の持ち主もいれば、北島三郎なんてという感性の持ち主もいる。
ヘビメタ、ハードロック、民族音楽、オルタナティブ、童謡、アニソン、レゲエ、クラシック、兎にも角にも感性と表現は多種多様。
わざわざ自分の意に反する曲を聴いてはディスるくらいならそもそも聴かなくてもいいのでは?と思う。

自身の子供を叱りつけるのならまだしも(それも既にエゴだが)、社会生活を営む上で赤の他人様をディスるという行為がとてつもなく残酷であるか考えたことがあるのだろうか?

何にせよ人は他人に拒否られたり非難されると「ムカッ」となるのは素直な感情で他人からディスられて「やっぱりそうだよな、俺が全部悪いよな」なんて毎度毎度感じていたら死んでしまう。
極論だが自らが常に正しいという感情こそが「自信」なのだ。

facebookは意外なほど永く続いているSNSで、良くも悪くも「いいね!」という中途半端で優しい意思表示という文化が根幹にある。
最近では時代の流れを反映してか他の種類も出現しているが「よくないね!」という表現はない。

過去にはこんな記事もあったようだが…

「よくないね!」したりディスりコメントを書くくらいなら閲覧しなきゃ良いわけだし、繰り返しになるが自分と真逆の感覚を持つ人間は同じ数だけいるのだから嫌悪感を抱いたり気持ちが悪くなるのなら今すぐブロックすればいいのだと思うけどね。