下書き的なもの

知りたくもない押し売りをしても良いのがblogです。
好きなときに好きなように好きに書けば良いのです。
その点、この誰も見てないblogは助かる。
Googleにも引っ掛からないのは今では利点だとも感じている。

さて、また私のがんについて書いておこうと思う。
妻も息子もこのblogの存在もURLも知らないので、もし私がこの病気で死んだとして遺品なりそれらしいデータに触れる機会があったとしても、私の本当の心の内は見られないのは少々残念だ。
お父さんは がんになって君たちに申し訳ないとずっと思ってきたし、迷惑も掛けたくないし、何も出来ない歯がゆさと自責の念で毎日過ごしていたことは忘れないで欲しい。


私のがん Part.2

それにしても告知てヤな言葉ですねぇ
カミングアウトと似てますけど結果が酷そう…
I am your father
自分のお父さんが ダース・ベーダーの方がまだマシだ。



希少がん
「人口10万人あたり6例未満」
これが定義みたいです。
わ、すげぇ〜 と思いましたが日本の人口1億2千万人。
案外凄くないw


だけど一般の病院ではなかなか扱いが面倒ながんであることは間違いありません。
市民病院の先生は私のこのがんを「皆んな死んぢゃう」と言った。
まだ生きてるけどね。
さて、ここからは(Part.1見てね)そんな「みんな死んぢゃうがん」をなんとかしてくれた愛知県がんセンターでのお話です。


平成最後の年 12月5日

愛知県がんセンターの受付で同意書に名前を書こうとしたけど既にメンヘラで嗚咽も酷すぎたので私の署名は妻に代筆で書いてもらった。

いよいよ地獄の一丁目だ。
助かるのか死にに行くのか… 正直後者なのだろうと「がんセンター」と書かれたそれ専用の病院に初めて足を踏み入れた。
踏み入れてからは看護師さんがすぐに私の状態をみて車椅子を用意してくださったので、正確には足で踏み入れたのではなく車輪だ。
ゴロゴロゴロゴロと息絶え絶え瀕死状態の元気そうな五十手前の痩せこけた患者は気分だけは処刑台に連れて行かれる死刑囚のような思いで胸がいっぱいいっぱい。
本当に胸がいっぱいだったの。


人間は嫌なこととか苦い経験はその後の人生のために記憶としてとっておくものだが、この時の記憶もほぼない。
覚えているのは大部屋で鳴りやり止まない呼吸器の音だったり何かがカチカチカチカチ云う音、それぞれ症状の重そうな罹患者の面々と、自分の1ヶ月の治療費が高すぎて死を覚悟する前に死を覚悟した瞬間、そして退院するとき涙を流しながら病院内の喫茶店ですすったうどんだ。

愛知県がんセンターは中部三県(愛知・岐阜・三重)のそうした稀有ながんを患った人々がこぞって押し寄せる病院だ。
そこには日常的に生があり死もある。
そこはかとない様々も存在するカオスな場所。

手元にその当時の【 化学療法の説明・同意書 】という書類がまだある。
今見ても生々しく当時を思い出すことが出来て、会社の定款や家の権利書みたいに大切に保管してる。
これを保管しているからって今どうとゆうことは一切ないのだが、死なずに済んだ証拠としては必要十分だろう。
日付は12月10日。あれから5日経った。
運命を決定づけたアレセンサという薬を初めて飲み込んだ日でもある。


私のがんはタンポポの綿毛。
体中のどこかにふわふわと散らばって芽を出すがん。

本来アレセンサは治療困難な肺がんを治す治療薬として開発されたもので、私のがんには番外編として用いられる。
「たまたま」だそうだが、私と同じ病名でそれが喉に出来た患者が半年前、この治療薬で大変効果があり退院して現在通院中とのこと。
期待値は大きい。
早速 昼食後から飲んでみようということになった。
がその前にこの薬についてのイロハや色々を主治医から説明された。
説明責任というものがあるのだろうが、業界用語や難しい医療言語、遺伝子とか…、、、う~ん… 正直全然頭に入ってこない。
要するにこれ飲んだら助かるの?先生。それだけが聞きたい。
しかし説明は続く。
10分ほどだろうか、ハッキリ覚えている数字がある。
1カプセル「6,000円」


今の所アレセンサは成人男性には150mmを1回2カプセル、1日2回。
つまり1日計4カプセル服用する。
それが1カプセル「6,000円」だから、
4× 6,000円 = 24,000円/1日  ん?
1日24,000円?
てことは24,000円×30日 = ???

計算できない…


と思っていたら先生が
「一ヶ月 70万円くらい」 と教えてくれた。


地獄の沙汰も金次第。
地獄の一丁目と思ってたのにもう閻魔様の前にいた。
おお、、神よ。 この余命幾ばくもない初老にさらなるムチをお与えなさるのか?
どんな時も気丈な妻もこの時は目いっぱいに涙を溜めてて、二人目を合わせず手だけ握り合って「死ぬな、こりゃ」と覚悟した。

ライターはライターであってライターの気持ちは書けない

ブログやYouTube、Podcastなど 割と長めの文章だったり映像音声を作るのが好きな人は憧れたことがあると思う「ライター」という職業。
これで飯が食っていけたらな…なんて思った時期があった。
文章を書くことよりも文章を通して自分を表現出来る。
主義主張を好き勝手に披露出来るなんて最高じゃねぇか…

しかしライターはライターを「仕事」にしてしまうと全く書きたいことが書けないのだそうだ。
歌うたいがメジャーな歌手になると好きな歌が歌えないのと一緒で色々と大人の事情が絡んでくる。
そもそもライターは自主的に write したところでまったく意味が無い。
無償で見ず知らずの人にプリントアウトした自分のそれを配るくらいは今のところ日本の法律に抵触しないが、世の中にそれを買って貰うため(お金にする)には出版会社の依頼を受けクライアントの意向どおりのその商品のメリットを最大限に write することなんだそうだ。

「ここがダメ」なんて書いちゃダメ。
それではブログなんだよ。
極端に言えば良いことばっかり書く、読んでる人が買いたくなるようなものを書く、しょーもない商品でもさも優れたもののように書く、、
そんな感じらしい。

だからみんなお金にならないブログやPodcastで好きなことやってんだね。
YouTubeの”案件”と言われるやつは企業から「上手に宣伝してね」と言われたやっているのでいつものYouTuberの顔色がいつもと違う感じなのはそのせいだ。
勝手レビューはその限りではないが。。。

1ヶ月ほど前から始めた勝手なYouTubeチャンネル
好きなことをやっているので再生回数も登録者数もまったく伸びない。
登録者数9人って、日本全国民の9/120000000人 です。
やっぱり私はライターには向いていないことが分かる。

さて、そんな不向きな私でもこのYouTubeで好き勝手に披露したいこともある。
性根がwetなのでもちろん不幸自慢。
お決まりの がん についてだ。
YouTubeに投稿するために日々ネタを探しているが特筆するほどのことが起こらない平凡な日常が連続していてLatentする何かを探すとがんネタしかない。
これをうまく料理すればバズる動画でも出来るんぢゃないかと文字起こししたらYouTube向けではなくブログ向きになってしまった。。。
以下はその内容です。
hilo4dailyの”誰にも見られてない”ことを良いことに下書き段階のものを書き記す。


【私のがん】Part.1

がんはそもそも自分が作り出した異常な細胞の塊です。
それに苦しめられる病。

正常な細胞も異常な細胞も意図せず自分で作り出します。
本来(健常者)ならば正常な細胞だけ作るはずが、ある日突然 異常な細胞を無秩序に作る病ががんです。
問題なのは意図せず無秩序というところでしょうか…


がん治療を単純に説明すると、一旦物理的にがんを破壊(切除や抗がん剤)してからその(がんの)芽が出てこないように何らかの方法で抑え込むことです。
畑に無秩序に生える雑草に似ています。
雑草は刈り取って除草剤を撒けばしばらく落ち着きます。
もしくはその後でコンクリートを打ってやればほぼ撲滅出来ることでしょう。


それが畑ではなく人の身体で起こっているので対処が厄介なのです。


抗がん剤はがんもやっつけますが罹患者の身体もやっつけます。
つまり薬で自分を痛めつけるわけですね。
がんが音を上げるくらい且つ罹患者の身体に負担をかけない塩梅が難しい。



私の病名は 炎症性筋線維芽細胞腫瘍 と言います。
画数多めです。
ついでに難治性が高い希少がんです。
主治医の先生曰く「がんがタンポポの綿毛のように飛び散っちゃう感じ」
と まぁメルヘンな言い回しですが、それ結構大変ぢゃね?
身体のどこの部位に出来るか分からないし色んなとこに拡散するようでSNSに似てますねw
その画数多めのがんを今はアレセンサというお薬で抑えつけて様子を見ています。
薬を飲み始めて○○○週間目経ちますが今の所なんともなく命を紡げています。
ただし 病気と薬というのはどちらかが必ず勝つ!というものではなく、劣勢になっているものが何時しか抵抗力を持つようになり果てはがんが薬に勝っちゃう日がくるのだそうです。
しかも何時か?てのが分からないのが一番面倒臭い。。。
余命宣告というものがあまり当てはまらない。
極端な話、私の寿命より薬が効いてる可能性もありますし、すぐさまこのチャンネルに投稿が一切上がらない時が来る可能性もあります。


出来たがんは切ればいい。
端的に言えばそうですね。雑草と同じ感覚で刈り取っちゃえば暫くは大丈V!
実際、最初にがんが見つかったのは横行結腸の上(内側ではなく)で、鶏もも肉くらいの大きさの血の塊のような色をしてたそうです。
まだ切れる場所なら何度でも切っちゃえば良いんですが、人間って要らない部分っがなかなかなくて、切除術も回数が限られます。

はじめは高熱が続いたことです。
10月の終わりくらいからかな? 風邪ひいてないのに毎晩高熱(38.5度)が出て尋常でない寝汗。日中も微熱(37.8度)が出て汗だく。季節はもう秋だよ?
本人の感覚としてはただただ暑くてしかたがないだけで、それ以外は特筆する症状は無かった…
でも、11月に入ってから食欲が… と言うより、全然食べ物が通らない。
喉からおヘソのあたりに何か大きなものが詰まってて食道を圧迫している感じなんだよねぇ。
それでも無理してサラダとかヨーグルトとかサッパリしたものを食べながら汗だくで仕事をして、帰宅して家族と飯食って、風呂入って汗だくで寝てたんだな。

で、こっからが急ピッチ。
日中仕事をしながら季節外れに尋常ではない汗をかきまくる私を見て取引先の社長が

「それ 今直ぐにでも病院行って血液検査したほうがええな」

と言うのです。
なんとなくピーン と来た私。
かかりつけではないけれど、診察(検査)だけは超スピーディーな病院へ行き、血液検査すると通常のウン百倍の白血球の異常数値が出た。
お医者さんに「率直にこの数値から見てどんな病気が考えられますか?」
と聞いたところ
「膵臓がんにでも罹ってるんぢゃないすかねぇ」と。。。

す、すい、すぅ、す、すい 膵臓がん!?



Appleの創設者 スティーブ・ジョブズがなったやつぢゃん
てか死ぬやつぢゃん…

もう震えが止まらなかった。
背中から死神に抱かれるような感覚。
目の前がぐるぐる回ってる。
生まれてきて今まで一度も聞いたこと無い冗談みたいで気持ち悪く笑った。


そこからワープするみたいであんまり記憶もなく3回くらい入院したと思う。
1度目はお腹を切られ、2度目は なんかお腹痛くて入院して、3回目は救急患者いっぱいの部屋で悶ていつしか退院した。
ほんと、なんだったのか… てくらい

気がつけば11月も終わりを迎えようとしてた頃。
「がんは切除した」と聞いてたし、お腹にもしっかりと縦一文字に30cmくらいの傷跡。
でも…
なんか傷跡のその中に違和感あるんだよね。

自分だけ分かる感覚。


退院して2週間くらいしか経ってないけど手術した病院へ再度診察を申し込み、「がんが出来てる気がするんですけど…」
そう伝えると深くため息を付いたお医者さんが一拍おいて
「あのねえ、こんな短期間に再発するなんてありえないの!そんなこと起きたら皆んな死んぢゃうよ。まったくぅ。絶対ありませんっ!」
悪いがその言葉、今でも憶えているよ。


死を覚悟しましたね。
確率的には100%死にますよねこれ。
もう秒読み…

自分だけぢゃなかった

がんと付き合いはじめてもうすぐ5年目にさしかかろうとしている。
ネガティブなことをブログに書き留めることはなんとなくタブーとしていたけど、どうせ誰も見てないブログなのでもう書くことにする。

「死にたい」と思い始めたのはやっぱりがんにかかってからかもしれない。
そしてそれは今も消えない。
がんに罹って治らない難治性の高いがん患者は毎晩寝るときに死神が添い寝しているのと同じで「死」というものが頭から離れない。

それだけではなく現実としてがんに罹ったら自分以外の時間はストップすることなく、否応無しに仕事、経済、生活といったものが漏れなく剥奪される。
そこから困窮の日々がスタートするのだ。
誰も助けてはくれない。
私は家族が居るのでまだ今現在は助かっているが一人だったらやっぱり自殺するだろう。

がんと鬱。この関係は大変興味深い。
がんの学会でも発表されているようで、がん患者は凡そ20%〜40%の確率で鬱になってそのうち自殺するみたい。
もしかしてセット?と思えるくらい私もバッチリ鬱だ。
うつ病と診断されることもあれば、私の場合は否定形うつ病という格好良い病名だけど、よーするに鬱です。
よく泣くし、よく死にたがるし、よく落ち込むし、よく動けなくなる
もう人としてどうしようもない状態になる。
でも誰も助けてくれない。

経験則で物を言うけど、精神科とか心療内科って鬱を治すところぢゃなくて、かろうじて会社に努めている人や社会と関わりがある人が聖なる書類である”診断書”を書いてもらう為の機関であることを忘れてはならない。
本当のうつ病患者はただ単に強めの薬で日々の活動を鈍化させられるだけで、根本的な治療やカウンセリングは無いと思っていい。

だからかな?毎日死にたい。
でも死ぬのって凄い大変だしビビってちゃ死ねないんだ。
なかなか死ねない。

そのうち死ねるかな?
最近はそんな風に思うようにしている。

本日は定例のがんセンター

本日は 定例の愛知県がんセンター。
どうゆうワケなのか(約)ツキイチ診療で1ヶ月に満たない時もあれば1ヶ月と10日空いたりする。
高額療養費の兼ね合いではなさそうだし、それだけウォッチされないといけないのか、3年経つけど2か月と空いたことがない。。。

ツキイチ通院のため調整お願いします

この文言を毎回履歴書に書かなければいけないので高確率で落とされる。
もちろんこの文言を書いていても採用してくれるところもあるが、「うん、誰でも採用されるよね」といった緩い仕事内容しかくれない。
もともと面倒や厄介ごとを解決する仕事をしてたから単純作業や人と一切拘らず黙々仕事をすることに向いていない人間なので今の今まで働けないでいる。

4月に入り急に暖かくなり(←当たり前だろ)、愛知県がんセンターの正門の桜も満開。
病院の中に吸い込まれる同胞たちも軽やかな軽装をしている。

iPhone12miniのカメラってめちゃフレア出ん?

がん患者と聞くと皆さんどんなイメージなのだろう?
私はステレオな感じで認識していたので、ガリガリでニット帽被って付き添いの人がいて…みたいな風に思っていたけど、いざ自分がなるとなんて事ない。
全くフツーの人間だ。
そこまで今のがん治療は進んでいるので、もし今「がん」とゆうものに不安を抱えていたり怯えていたとしたら、「大丈夫滅多に死なねーよ」と言いたい。

しかしながらvampireのジレンマの如く不治の病だが、薬でコントロールされて生き長らえる がん患者(私ね)ってのも煩わしいもので、寛解しない、根治しない、死なない、、、けど治らない。
んもぉ、、ハッキリして欲しい

そう思っているのは私だけらしく、家族も周りの友人たちも「生きてるから良いぢゃん」と言う。
これでも訴えかけても分からないだろう副作用とかも引きずりなら生きているのも辛いんだけどね。

あらためてここまでの経緯

性急にSNSでhilo4daily を拡散しています。
キモ…と思われるのは当然です。
3年前まではどこにでもいるフツーのお父さんで仕事をして家庭を守り、妻と子、そしてお友達とそれは仲睦まじく暮らしていました。
時として神は乗り越えられそうに無いギリっギリの試練をお与えなさるもので、そのギリっギリの試練が ”炎症性筋線維芽細胞性腫瘍” という画数が多いわりに単純な病に罹患しました。

単純な病気なので簡単に説明しますと、細胞が変化して大きな腫瘍になり数週間から数ヶ月で死に至る根治不能な不治の病です。
病理検査の紙には「放っといたら死ぬよ」とは書いてなかったけど、よーするに死ぬよってことが客観的に書いてあった。



がん という広いカテゴリで悪性腫瘍の”肉腫”と呼ばれる特殊なグループの更に数%という、10万人だか30万人だかにひとりがかかる稀中の稀な病気。
病理検査でその中身を聞いた時、生き絶え絶えになりながらも droboの中に収めた肌色映像を消しておいて良かったな…と思いました。
人は5日、、、 ぁぁん いつか死ぬ!
そんなこたぁ義務教育を卒業するころには分かってたけど、まさか80才を超えてる実の親父より早死するのは予想していなかった。

世の中には不条理に死ぬことがある。
年の順番でもなければ、その人の生き方、犯した罪の数、納税額、財布の中にギュウギュウ詰めにしてあるコンビニコーヒーのクーポン券の数でもない。
突然「死」はやってくる。
その覚悟が出来ていても出来ていなくてもだ。
かくして私は死ぬことになったのだが、そこに希望という仮面を被った呪いの薬があるんだそうだ。

アレセンサ

根治困難な肺がんの薬。
それがなぜだか炎症性筋線維芽細胞性肉腫に効くのだそうだ。
効くのだから治らない。そこが重要。


今となってはみんな「良かったぢゃん命が助かって」とは言う。
もちろん私も私以外の人間であったら同じことを言ったし、私が「そーゆーことぢゃないんだ」と訴えても意味が分からないと思う。
人は人の本当の悩みの意味、本質が分からない。それは自然なこと。
さて、そんなヤヤコシイ私の話をこれからゆっくりゆっくり書きなぐって行こう。