本日は定例のがんセンター

本日は 定例の愛知県がんセンター。
どうゆうワケなのか(約)ツキイチ診療で1ヶ月に満たない時もあれば1ヶ月と10日空いたりする。
高額療養費の兼ね合いではなさそうだし、それだけウォッチされないといけないのか、3年経つけど2か月と空いたことがない。。。

ツキイチ通院のため調整お願いします

この文言を毎回履歴書に書かなければいけないので高確率で落とされる。
もちろんこの文言を書いていても採用してくれるところもあるが、「うん、誰でも採用されるよね」といった緩い仕事内容しかくれない。
もともと面倒や厄介ごとを解決する仕事をしてたから単純作業や人と一切拘らず黙々仕事をすることに向いていない人間なので今の今まで働けないでいる。

4月に入り急に暖かくなり(←当たり前だろ)、愛知県がんセンターの正門の桜も満開。
病院の中に吸い込まれる同胞たちも軽やかな軽装をしている。

iPhone12miniのカメラってめちゃフレア出ん?

がん患者と聞くと皆さんどんなイメージなのだろう?
私はステレオな感じで認識していたので、ガリガリでニット帽被って付き添いの人がいて…みたいな風に思っていたけど、いざ自分がなるとなんて事ない。
全くフツーの人間だ。
そこまで今のがん治療は進んでいるので、もし今「がん」とゆうものに不安を抱えていたり怯えていたとしたら、「大丈夫滅多に死なねーよ」と言いたい。

しかしながらvampireのジレンマの如く不治の病だが、薬でコントロールされて生き長らえる がん患者(私ね)ってのも煩わしいもので、寛解しない、根治しない、死なない、、、けど治らない。
んもぉ、、ハッキリして欲しい

そう思っているのは私だけらしく、家族も周りの友人たちも「生きてるから良いぢゃん」と言う。
これでも訴えかけても分からないだろう副作用とかも引きずりなら生きているのも辛いんだけどね。

あらためてここまでの経緯

性急にSNSでhilo4daily を拡散しています。
キモ…と思われるのは当然です。
3年前まではどこにでもいるフツーのお父さんで仕事をして家庭を守り、妻と子、そしてお友達とそれは仲睦まじく暮らしていました。
時として神は乗り越えられそうに無いギリっギリの試練をお与えなさるもので、そのギリっギリの試練が ”炎症性筋線維芽細胞性腫瘍” という画数が多いわりに単純な病に罹患しました。

単純な病気なので簡単に説明しますと、細胞が変化して大きな腫瘍になり数週間から数ヶ月で死に至る根治不能な不治の病です。
病理検査の紙には「放っといたら死ぬよ」とは書いてなかったけど、よーするに死ぬよってことが客観的に書いてあった。



がん という広いカテゴリで悪性腫瘍の”肉腫”と呼ばれる特殊なグループの更に数%という、10万人だか30万人だかにひとりがかかる稀中の稀な病気。
病理検査でその中身を聞いた時、生き絶え絶えになりながらも droboの中に収めた肌色映像を消しておいて良かったな…と思いました。
人は5日、、、 ぁぁん いつか死ぬ!
そんなこたぁ義務教育を卒業するころには分かってたけど、まさか80才を超えてる実の親父より早死するのは予想していなかった。

世の中には不条理に死ぬことがある。
年の順番でもなければ、その人の生き方、犯した罪の数、納税額、財布の中にギュウギュウ詰めにしてあるコンビニコーヒーのクーポン券の数でもない。
突然「死」はやってくる。
その覚悟が出来ていても出来ていなくてもだ。
かくして私は死ぬことになったのだが、そこに希望という仮面を被った呪いの薬があるんだそうだ。

アレセンサ

根治困難な肺がんの薬。
それがなぜだか炎症性筋線維芽細胞性肉腫に効くのだそうだ。
効くのだから治らない。そこが重要。


今となってはみんな「良かったぢゃん命が助かって」とは言う。
もちろん私も私以外の人間であったら同じことを言ったし、私が「そーゆーことぢゃないんだ」と訴えても意味が分からないと思う。
人は人の本当の悩みの意味、本質が分からない。それは自然なこと。
さて、そんなヤヤコシイ私の話をこれからゆっくりゆっくり書きなぐって行こう。